審査の基準(射技・射形・体配)

武道一般的に審査というものが制定されており、一般的には、弓道修行者の動機付けや、ピラミッド型の組織形成の為と言われている。弓道では、昇段審査での主な基準は、「射形(型)」、「射技」、「体配」という3つに分かれている。更に5段以上には「射品」という基準が設けられている。今回は、実際に各々具体的にどういった事柄であるか、自身の考え方をまとめてみたい。

「射形」について

初期の段階では「射型」として、射法八節が繰り返し修行し、パターンとして身体に覚えこませることからスタートし、そのうちに身形・態度・心境を表す姿として評価される。
射法八節の相互関連性とその流れ。足踏みから残身まで動作・心気の働きが一貫していて、隙(淀み・無駄・無理)の無い弓の操作、 例としては

  • 自己の体力・気力の把握とそれに応じた道具の使用
  • 道具の種類と手入れ状況
  • 自己の体形、位、状況に応じた姿見(道着・着物の種類、着方、振る舞い方)
  • 各八節での静的(三重十文字)・動的(五重十文字)なバランス
  • 心技体の安定と、調和

「射技」について

正射必中(正しい射法に従った必然的な中り)であり、またその的中の位または格の向上。道具の結果としてのパフォーマンスの向上。具体的な例として、

  • 弦音の響き(弦、矢、弓のバランスと射技との兼ね合い)
  • 矢勢(真直ぐに、速度早く、貫通力が強い)
  • 離れの速さ・軽さ(引っかかりなく、緩みなく、余計な動きなく)
  • 弓返り後の弦の収まり(離れでの正しい弦道と角見の働き)
  • 残身での迫力(心身の伸び、気合、目付け)

「体配」について


射場での立ち振る舞い、身体操作方法として具体的には

  • 自分、相互、空間との間の取り方。
  • 息合いを活かした、各々の間との調和
  • 外面的・内面的働きの関係(静中動、動中静)
  • 隙の無い身体操作術技(重心の取り方、弓矢との一体感)

実際には、上記の3つは分離された別々のものではなく、1つの物をカテゴリーとして分けて説明したものであるので、偏ったものではなく、どのカテゴリーも同じレベルが要求される。しかし、このように審査基準として掲げられている3つの項目を別々に見てみると、

  • 心ー射手自身の姿見・道具・場との調和としての「射形」
  • 技ー 道具のパフォーマンスの最大化としての「射技」
  • 体ー身体操作能力の最大化として「体配」

が挙げられているように思う。よって、在中(常に中りがある)を条件とすると、その的中が真のものであったかの判断基準になると言えないだろうか?いずれにしても審査判定は、主観的評価のウエートが高く、審査員自身の経験・趣向を考慮した審査眼にゆだねられる部分が大きい。

ざっくりとだが、4段までは稽古頻度、稽古条件(時間的・場所的道具等の制約)、指導者の能力、本人のやる気によってレベルに到達するスピードはかなりまちまちとなるのではないだろうか?これは、人間社会でみると肉体的には大人になりつつも(射技的成熟により的中がしっかりしてくる)、まだ独り立ちできていないくらいではないだろうか?

5段以上になるとこれらに加え、「射品」の向上が必要となってくる。具体的には、正しい弓(心、体、知識、術技、道具)を長年時間をかけ、意識しながら習得し続ける以外には身に着ける事が出来ない。従ってある程度の弓歴(年数)も当然必要となってくる。このような事から一応成人として社会で責任を追えるくらいまで成長したと認められるくらいであろうか?

又、錬士、教士等は更に面接・射礼・論文等により、指導に必要な知識、経験も要求されてくる。これは、親として家庭を守り、子供を育てる過程や、次世代を育てる役割を担う実力が出来てきたと認められるレベルではないであろうか?

このように段位制を見てみると、単なる射の実力向上ではなく、弓人として社会的役割が理解できている判断と後進を指導する実力が認められるともいえる。更に上を目指すことは、即ち弓を通して人格向上に努め続ける事とも言える。